07 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

ルビヤンカの壁の落書き

あらゆる方面の事柄を気の赴くままに書いていこうかな、と。

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Posted on --/--/-- --. --:-- [edit]

スポンサー広告  /  TB: --  /  CM: --

武器・防具シリーズ第3回 「石とその投射兵器」 

 皆様のおかげで第3回となりましたこの武器・防具シリーズですが、今回は趣向を変えて「石」とその投射兵器について解説しようかな、と思っています。これまで2回がいずれもポールアームについて扱っていましたがここで趣向を変えて
 
 石が人間、それも猿人の時代から使われ続けている人類最古の武器なのはよく知られていることです。最初は石同士を打ちつけて成形したり、石を磨いて人間の望むように成形することも多く、現在のように投げつけるものとしての性格だけではありませんでした。穂先が石の槍や、石斧がその一例でしょう。
 
 しかし、石のそういった利用法は青銅器や鉄器の登場によって次第に衰退します。より強度が高く、鋭利にすることができるので武器の材料としてより有用だったからです。とはいえ、飛び道具としての石はこれから衰退するどころかむしろ発展を遂げていくことになります。

 まず、我々が「パチンコ」として知られるY字型の枠に弾力性のあるひもをくくって、その弾力を利用して石を遠くへ飛ばすものが挙げられます。また、長方形の布の中央に石を巻いて、遠心力を利用して遠くに飛ばすものも非常に長い間使用されつづけています。投射はしていませんが、映画「フル・メタル・ジャケット」では石鹸を撒いた布で微笑みデブを殴りつけているシーンだってあるのですからね。
 
 さらに、古代ギリシャ人が発明したカタパルト(弾力のある木や生物の繊維の張力、場合によっては人力とてこの原理を利用したもの)、そしてローマ人たちがよく用いた大きなクロスボウのようなバリスタと呼ばれる大型の機械を使えば、人間の力では到底投げつけることができない大型の石を遠くに投射することが可能になりました。こういった兵器は敵の密集陣形に射撃したり攻城戦で敵の城壁を打ち破る際に非常に役立つもので、地味ながらも戦争には欠かせないものと言えます。ちなみに、これらの兵器は石だけではなく他のモノも投げつけられました。
 
 時代が進み、中世になると前述の兵器に加え、また新たなタイプの投射兵器が東ローマ帝国で生み出されます。トレビュシェット、です。伝説によるとアルキメデスがすでにそれを発明したとされていますが、その後の資料に全く見られないことから信ぴょう性は薄いとされています。現存する資料の中では、彼らが初めてトレビュシェットを発明して攻城戦で運用したとされています。11世紀末に、現在のアナトリア半島西部のニカイアという都市での攻城戦で、ビザンツ軍が人力でテコの原理を利用して石を投射したのが年代記に記されているのがそれにあたります。では、解説のために図を挿入します。

Trebuchet

 これは、先程の人力タイプと違い、カウンターウェイト式と呼ばれるタイプのトレビュシェットです。こちらのほうがパワーも大きいために一般的でした。図の左上にあるように、滑車(ウィンドラスと呼ばれる)などを利用して錘を引き上げます。それを容器に入れることで、腕木はシーソーのように右へと傾きます。すると、テコの原理で左側にひもでくくりつけてある(これの弾力を利用する)石が飛んでいくというのが原理です。そして、上がってしまった腕木を元に戻すために左側を引っ張るのです。
 
 この機構を利用すると、大きな石でもより遠くへと投げつけることができるのです。使えるエネルギーが大きいので、攻城戦では先ほどのものよりも頼りとなったのです。ビザンツのギリシャ人たちがはじめて使用した後にはセルジューク軍、西欧の諸侯へとまたたく間に広まり、火薬が発明された後もしばらくは信頼できる攻城兵器として利用され続けました。しかし、これにも欠点があり、あまりにも大きいために運搬が難しくで、資材を現地で手に入れてその場で組み立てる必要があったため、準備に時間がかかったということです。投射するのは石だけでなく、疫病を発生させる目的で死んだ生物を投げつけたり、軍の士気を下げる目的で人の首を投げつけたりもしたようです。
 
 火薬が発明された後も、人間はまだまだ石を戦争に使用し続けました。現在のように複雑で精巧な弾丸を製造することは不可能だったので、射石砲の弾丸にはこれまた石が使用され続けました。例えば、1453年のコンスタンティノポリス包囲の際、オスマントルコ軍はハンガリー人の技術者ウルバンを雇い、巨大な射石砲を使用してコンスタンティノポリスの城壁を攻撃しました。しかし、非常に命中率が悪く実際の陥落の原因は鍵の掛け忘れであったので、そこまで貢献したわけでもなかったようです。そして、弾丸を鉄で鋳造できるようになって、ようやく石は攻城兵器としての役割を終えたと言えるでしょう。
 
 このまま石は争いの歴史から姿を消してしまうのかというと、そういう訳ではありませんでした。火薬が発明された後となっても、銃を持たない人間にとって石はそれなりに有効であり続けました。特に、銃を持たない市民たちが何か暴力的な行動を起こそうとするとき、火炎瓶の投擲と共に投石などが起こるのが常です。デモ活動を思い起こしてもらえると良いと思います。これまでも、そしてこれからも、石は人間にとっても最も身近でかつ危険な兵器であり続けるのではないでしょうか?
 
スポンサーサイト

Posted on 2011/04/27 Wed. 21:55 [edit]

武器・防具  /  TB: 0  /  CM: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://nkvdkomissar.blog100.fc2.com/tb.php/13-b642c2c5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

カウンター

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。