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ルビヤンカの壁の落書き

あらゆる方面の事柄を気の赴くままに書いていこうかな、と。

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戦史シリーズ 第1.5回 映画「ヤン・ジシュカ」から 

 しばらくCiv4にはまって離れられませんでしたが、更新しますね。今回は映画からフス戦争の実際の戦闘に関して考察してみたいなと思います。1955年のチェコスロヴァキア映画、オタカル・ヴァーヴラ監督作品「ヤン・ジシュカ」を取り上げましょう。





 このシーンで描かれているのはターボル派とボヘミア国内のカソリック勢力が交戦した「スドムニェシュの戦い」です。

 見ていただければ予想はつくかも知れませんが、眼帯を着けた老人がヤン・ジシュカでそれに率いられているのがターボル派の兵士たちです。彼らは農民出身が多いですから当然装備もあまり良くありません。たまに鉄兜を着けていたり、鎖帷子の頭巾をかぶっている兵士もいますがその数は少なく、全体的に軽装であることが伺えます。また、農業に使っていたであろう道具が転用されているのもポイントです。剣を持つ兵士もそれなりにはいますが、棒の先に金具でとめてある鉄塊を振り回すという連接棍棒がポールアームとなったような武器を装備している兵士や習得が簡単で威力の高いクロスボウを装備している兵士が多いようです。また、黒地に赤の聖杯を旗印として二重聖餐を求めていることもアピールします。

 一方、カソリック側の貴族連合はその多くが騎兵から成っており、装備も優れています。彼らは最低でも鎖帷子を体のどこかに装備しており、バシネット兜を被っている兵士が多くを占めています。指揮官級となるとプレートアーマーを装備しており、防具だけでも差は歴然としています。また、騎兵たちは騎乗槍に小旗をとめたものを武器として自らを誇示します。さらに彼らは普段から戦闘の訓練を重ねているのですから当時の一般的な考えからすると勝負は明らかでした。しかし……。

 ジシュカは「森林に挟まれた沼地の近くに車砦を築け」と指示します。これには狙いがあって、1つ目は敵に殲滅のチャンスがあると思い込ませ、防御側に立つことによって車砦戦術を有効にすること。2つ目は重装備の敵を、沼に足をとらせて機動力を削ぐこと。そして3つ目が敵の包囲を不可能にすることです。また、比較的手薄な側面にはパヴィスと呼ばれる大盾を装備した兵士を配置することでカバーしました。ここでは、一直線に車砦を築いていますが、野営時には円形にしたり、地形に合わせて弧を描くようにしたりと場合によって形は変幻自在でした。そして開戦直前にはターボル派の軍に従軍する神父によって説教が行われ、機動力と戦力に劣るターボル派が勝つための準備はこうして完了したのです。

 いざ戦闘が開始されると、貴族たちは度肝を抜くことになります。騎馬によって敵陣を蹂躙することは全くできませんし、銃砲の発射音に馬が驚き貴族連合は恐慌状態に陥り、退却を余儀なくされます。そして退却先の沼地で下馬し、身動きが取れなくなったところをターボル派の歩兵に襲撃され、大損害を出してしまったのです。

Posted on 2011/04/09 Sat. 16:54 [edit]

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戦史シリーズ 第1回 「フス戦争 後編」 

 さて、ようやくの更新です。地震以降なんか心が落ち着かなかったせいなんですが。

 フス戦争の戦闘に迫っていきましょう。やはり、フス戦争の戦史上最も注目すべきものは精強を誇ったターボル派の存在です。彼らは前編でも述べたとおりフス派の中でも最も急進的な集団でした。ターボルというのは彼らが建設した都市に由来します。現在でも残っており、その防衛に適した都市設計が当時の情勢をそれとなく我々に伝えてくれます。

 Tabor


 都市部が小高くなっていて、付近を川が流れているのが分かると思います。また、地下道が都市の全体に張り巡らされていて持久戦が可能でした。

 彼らターボル派は、農民や都市の貧しい層からなる組織で、政治は急進的なフス派の司祭やその理念に賛同した傭兵隊長などの合議制で行われていたようです。農民たちは農耕を行い、都市からの職人たちは日用品に加えて軍に必要なものを製作していました。身分による待遇の差はなく、さながら共産主義国の一都市のようです。
 明らかに彼らは軍事の訓練を日夜積んでいけるような人々ではありません。それがどのようにして騎士の軍団を打ち破ったのか、が今回解き明かしていく謎です。
 その理由は大きく分けて3つあるでしょう。

1. ターボル派を率いていたのが優秀な指揮官であったこと
2. ターボル派が新兵器、新戦術を使用したこと
3. カソリック勢力の指揮系統が統一されておらず、寄せ集めであったこと

 まず1について。ターボル派は、かつてグルンヴァルトの戦い(1410年)に参加した古強者で、ヴァーツラフ4世の身辺警護も務めていたことのあるヤン・ジシュカや、修道士から身をおこしたにも関わらず、外交や軍事に活躍したプロコプのような指導者に恵まれていました。特に前者のジシュカが2の要素にも大きく影響した偉大な戦術家であったことが大きいでしょう。的確な戦場選択を行い、3の要素につけ込む作戦を立案できる戦争のプロでした。

 次に2について。敵は騎士の軍団ですから、彼らの最大の持ち味である騎馬突撃をガードできるような新兵器、新戦術が求められていました。そこで先程のヤン・ジシュカは火薬を用いた兵器、すなわち鉄砲を使用しました。これはやや特殊な知識と技能が求められるものの、技術者を雇う金は十分に拠出可能で、農民たちの訓練にもそれほど時間をかける必要はない反面、集団で用いた場合はその弾丸の威力以上にその発射時の爆発音で敵の乗馬を驚かせることができます。
 しかし、これだけでは攻撃はカバーできても防御はカバーできていることにはなりません。この当時の鉄砲は発射速度が1分に数発という非常に遅いものでしたから、発射タイミングを見極めなければその間に間合いを詰められて倒されてしまいます。そこでジシュカが考案したのが「車砦」です。これは当時普通に使用されていた荷車を補強改造して矢を防ぎ騎馬突撃を不可能にしたものでした。ターボル派の兵士たちはこの陰から鉄砲などの飛び道具をしようしました。また、近寄ってくる歩兵に対してはこれまでも使用されてきたクロスボウや普通の白兵戦武器で対抗しました。無論、相手に機動力を生かした戦闘をされないような戦場を選定するのも条件です。

 Wagonfort

newtac




 この新兵器新戦術は見事に決まり、混乱をおこした騎士たちはその場であたふたしているうちに農民兵たちの襲撃を受け、強みであったその装甲の隙間を貫かれて死んでいきました。恐慌状態に陥らせるということは組織的な抵抗をやめさせるということでもありますから、その隙を突けば勝利が得られるのです。

 戦勝を重ねたターボル派の名声はまたたく間に広がり、1424年にジシュカが死去して以降も彼らは自らを「孤児」と名乗り戦い続けました。彼ら兵士にとってジシュカは親父さんなのです。1431年に編成された第5回目の軍団(実はこれ、十字軍なんですが)はフス派たちが戦闘開始の前に決まって歌う賛美歌を斉唱しただけでパニックを起こして敗走したといいます……遠征費用を自腹を切って拠出し、遠くボヘミアの地で不安に駆られていたのを神への信仰でどうにか支えていたのが一気に崩壊したのでしょう。また、戦争が後期になるとターボル派は、ボヘミア国内の疲弊が原因で今後の活動を続けるためにボヘミア国外へと遠征を行って略奪を続けなくてはならなくなり、やっていることは盗賊団と全く変わらないようになってしまいました。
 ボヘミア国内の疲弊は、フス派全体での妥協ムードを作り出すのに十分でした。しかし、ターボル派は戦争が終わってしまえば元の貧しい生活に逆戻りしてしまう人間の集まりでしたから、生活の面から休戦には反対せざるをえなかったのです。そうして穏健派たちとの対立が激化し、1434年のリパニの戦いでリーダーのプロコプが戦死し、ターボル派は崩壊してしまいました。そうして、休戦へと進んでいったのです。

 現在では、この戦いをチェコ民族としての戦いとして捉える動きが強く(実際とはかけ離れている気がしないでもありませんが)、それ以前からも作曲家のベドルジハ・スメタナが有名な連作交響詩「わが祖国」(ヴルタヴァでご存知でしょう)の第5曲目に「ターボル」を作曲しています。この曲には十字軍を追い払ったとされるあの賛美歌「汝ら神の戦士たち」のメロディーが使用されており、かつての彼らの勇敢な戦いを讃えています。

Posted on 2011/03/20 Sun. 17:58 [edit]

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戦史シリーズ 第1回 「フス戦争 前編」 

 遅ればせながらの更新でございます。今回は日本での知名度がかなり低いながらも、歴史上注目すべき出来事が盛りだくさんであった「フス戦争」を取り上げようと思います。
学校で取り扱う世界史にはあまり登場せず、高校生にも「ああ、そんな出来事あったなあ」程度で済まされてしまうものですが、深く掘り下げてみると面白いですよ。一応戦史シリーズと銘打ってあるので、当時の政治情勢は最小限の解説にとどめて、戦史に関してのみ取り扱うこととしますね。(と言いつつも長くなりましたが)フス戦争の「フス」というのは、チェコの宗教家ヤン・フスの興したキリスト教の一派「フス派」から取られたもので、この戦争の主役と呼べる存在です。しかし、本筋に入る前に14世紀~15世紀のチェコと、教皇の動向に関して少しだけ解説しましょう。いかんせん知名度の低い出来事ですので解説は欠かせないでしょう。

 当時のローマ教会は混乱の極みにありました。教皇のバビロン捕囚のように、各地の王が勝手に教皇を担ぎ出して息巻いているというのが普通という、まあ世紀末とまでは行かなくても、少し学のある人達にとってはうんざりするような事態でした。日本の政治の混乱に我々がうんざりしているのも似たようなものでしょう。
 
 14世紀中盤のチェコは、有能な君主カール4世のもとでヨーロッパ各地がペストに悩まされる中も発展を遂げていました。特に商業が発展し、中世にありがちな王と貴族の政治的対立に、まだまだ力は弱かったものの市民たちがその対立構図に参入して各々の利益を求めて対立するという近世の幕開けとでも呼ぶべき状態にありました。また、地域の中心都市であるプラハには大学が建設され、世界各地から(主にドイツ人たちが)学生たちが学問(この時代は神学がメインでした)をしに集まりました。この市民階級の成長は主に移住してきたドイツ人たちによって成り立っており、土着の民族であるチェコ人たちは主に農村で農民として生活しており、政治的な力を持つには至っていませんでした。
 
 14世紀も末になるとプラハの往時の繁栄は失われつつありましたが、チェコ人の都市への進出が明らかになり、様々な事情からプラハ大学の学生や教授の中からドイツ人が多く去っていき、かなりの数の大学関係者をチェコ人が占めるようになりました。そんな中、15世紀頭から教会の批判でチェコ人の人気を集めていたヤン・フスの思想がチェコのあらゆる階級、場所に広まっていくのは当然だったでしょう。当時の教会では民衆なら誰も分からないし使えない、格変化だらけのややこしいラテン語が通常使用されており、その地方の言葉で礼拝が行われるというのは非常にまれでした。ところが、フスはチェコ語で礼拝、そして説教を行っていました。また、チェコ語の書き言葉を広めるためにアルファベットを、固有の発音に対応するためにハーチェクというヘの字が逆になったような記号を作ったのです。学校で例えるなら、やたらと堅苦しく、授業も異常な分かりにくさを誇る教師陣の中に、楽しい授業を行い、それでいて分かりやすい先生が現れたという感じですね。誰だって、その先生の授業を受けたいわけです。
 
 もちろん、教会を批判することは国全体として考えるとマイナスです。教皇が「お前たちは異端者だ!」と言ってしまえば、それだけの理由で周りの国々に、さながら小学校のノリで「おい、アイツいじめようぜwwww」という感じで攻撃の対象にされるからです。そして、実際にそうなったのですが……。
何度か教会から警告を受け、コンスタンツ公会議というローマ教会の会議への出頭を命じられたフスは、そこで異端者として断罪され、あろうことか火あぶりの刑に処せられてしまいます。当時のボヘミア王国やその他もろもろを取りまとめる役目を果たしていた神聖ローマ皇帝ジギスムントはフスと妥協し事を穏便に済ませたかったようですが、結果としてフスは一切の妥協をせず己の信仰を貫き、死んでいったのです。
 
 チェコの民衆はそこで当然怒ります。しかし、どうにかして教皇との関係を修復したい国王は民衆の動きをプラハの自治会(参事会と言います)メンバーをカトリック信者に入れ替えてしまったがために民衆の怒りが爆発し、彼ら参事会メンバーとプラハ市長は窓から投げ捨てられました。これが原因で、国王ヴァーツラフ4世はショック死したといいます……。そして新たにボヘミア王として戴冠した神聖ローマ皇帝(まだ皇帝として戴冠はしていませんが)ジギスムントはプラハに入ることもできず、チェコ国内のフス派VSカトリック+外国勢力という内戦状態に突入します。
 
 ここで気をつけたいのは、彼らフス派のチェコ人の間でも階級によって考えていることは全く別だったということです。農民たちは「暮らし向きを良くしたい」ということと、「宗教的な救いを得たい」という理由で急進的なフス派に属しました。また、大学の関係者、商工業者の間では「戦争で国が荒れるのは困る」けれども「宗教的な救いは欲しい」という考えから「二重聖餐」を行えるようになればそれでいい、という穏健的なフス派が戦争後半になるとかなり多くなりました。そして、貴族たちの中にはこの動乱のどさくさにまぎれて教会の領地をパクって自分の領地を増やす為にこの運動に参加しよう、という実利的な側面から穏健フス派として活動する者が現れました。
 派閥を大きく3つに分けると、次のようになります。

カトリック・・・国内の聖職者、貴族、ドイツ人が主体。教皇庁との関係回復を目標とする。
穏健フス派・・・国内の大学関係者や一部の聖職者、貴族、商工業者が主体。別名ウトラキストとも。フス派の思想を通したいが、教皇との関係修復も目指す。
急進フス派・・・国内の農民、都市部の貧民が主体。フス派の思想を通り越して、原始共産制に基づく都市を作り武装集団を組織する派閥も現れる。

 とりあえず、具体的な戦闘の記述の前に導入部分を取り扱いました。

 以下加筆 二重聖餐について

 キリスト教では、最後の晩餐にちなんでパンを「キリストの肉」、ワインを「キリストの血」として信徒が神父によって祝福されたそれらを口にするのですが、当時の一般民衆はそのうちパンしか口にすることが出来なかったのです。それを不満に思った(フスは人々の平等を説いていました)当時のフス派の一部から「一般人にもワインを口にする権利がある!」と主張したことから、パンとワイン両方で全ての人が聖餐式を受けられるようになるべきだという「二重聖餐」という考えが生まれました。

Posted on 2011/03/04 Fri. 21:51 [edit]

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武器・防具シリーズ第2回 「Bill」 

 ようやく第2回目となった武器・防具シリーズですが、前回に続いてポールアームから1つ、Billを取り上げます。この武器そのものはヨーロッパ各地で見られるものではありますが、特にイングランド平民歩兵の主要な武装として有名です。では、武器の使用法とその歴史について述べていきましょう。

 Bill

 注意・・・どうやらBillとBillhookは同一のツールにつけられた異なる呼称のようです。しかしこの記事では便宜上農具としてのツールをBillhook、武器としてのツールをBillと呼ぶことにします。

 見てすぐ分かるように、この武器の特徴は刃の部分が湾曲しているということです。この湾曲はBillhookという農具に由来しており、樹の枝を切り落としたりつるを切り払うのに使用されていたようです。武器で言い換えるなら、斧やナイフのように使用されていたということでしょう。この農具そのものは古代から存在していたので、繰り返しとなりますがイングランドに限らずヨーロッパ各地の農民反乱で見かけることができたようです。

 このように古くから使われていたBillhookですが、バラ戦争で平民階級の使用する武器として一躍脚光を浴びることとなります。軍用に転用されるのと同時期に、本来のBillhookに加えて刃の上部に湾曲から枝分かれしたような突起(スパイク)が加えられ、柄の部分が手斧程度しかなかったものが一気に一般的な槍と同程度に延長されました。集団で歩兵戦を戦うわけですから長いリーチが求められるのは当然の成り行きと言えるでしょう。

 この改造によって、Billhookはバラ戦争を戦い抜くのに十分な武器Billとして変化しました。バラ戦争では領主の雇った完全装甲の騎兵(騎士階級)とそれに付随する長弓部隊(平民階級)、そしてこのBillを持った平民からなる歩兵と様々な理由から下馬して戦闘する騎士(先ほど領主が雇った騎兵が下馬したもの)の4つが戦闘のメインでしたが、Billを持った歩兵はそれ同士はもちろん格上にあたる騎兵と下馬騎士に対して互角とは言えなくても局面次第で圧倒することもできたようです。斧のように相手に振り下ろせば敵のプレートアーマーをその重みで打ち破り、先端の突起で騎兵突撃に対する防壁とし、騎兵の突撃をうまくかわせたならその湾曲部に騎手を引っ掛けて地面に落とすといった用法がメインであったようです。長弓部隊はそもそも交戦距離が基本的には違いますから単純比較できませんが……。バラ戦争には他にも特記事項が山のようにありますがそれはまた別の機会に。

この時期(15C末~16C)は銃火器の発達に伴い、マスケット銃兵と騎兵に対する防壁としてのパイク兵が方陣を組むという戦い方が次第に主流となっていきます(スペインのテルシオなどはその一例)。しかしイングランドでは長弓部隊が消滅するら17世紀頃まで、このBill兵と長弓兵からなる歩兵混成部隊が多く見られたといいます。その理由は先ほど述べたスペインなどでは長弓ではなくクロスボウ(ボウガンのこと)のような装填速度の遅い(高威力ではあるが)弓が主流で、初期の性能の劣悪な銃でもそれの代わりとなりえたのに対して、イングランドではそれの数倍の発射速度を持つ(熟練は要しますが)長弓が初期銃火器より優秀であったということだと推測出来ます。

 その後は銃火器や銃剣の発達によってパイクと同様次第に戦場から姿を消すことになりますが、農民反乱の機会にはしばしば姿を表し、18世紀末のアイルランドのアルスター地方の農民反乱ではこのBillが主武装の一つとなっていたようです。

 さて、今回の武器・防具シリーズはいかがでしたでしょうか?自信の力作です。

Posted on 2011/02/13 Sun. 16:42 [edit]

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「そんな精神論で大丈夫か?」 

 時代の変化と共に「根性があれば何でも出来る」というような精神論に凝り固まった人間はめっきり減ったように思われますが、実はそうではなく隠れていただけのようです。最近になって新入社員研修の軍隊化という動きを通して、そういうメンタリティが再び鮮明に現れてきました。

 http://www.youtube.com/watch?v=9VRSAZ6Fzeo&

 http://www.youtube.com/watch?v=ZOO751dfbxQ&

 http://www.youtube.com/watch?v=VWuhCuvNAiI&

 私にはこういう流れが自然なように思われます。日本人は昔から危機に瀕したときに精神の力を重んじてきたからです。昔を振り返って考えてみましょう。太平洋戦争では国全体が「精神力があれば勝てる」という精神論に支配されていました。軍部の一部の人間たちが、対米戦の勝機を物量以外のものに求めざるを得なかったという事情もあるでしょうが、その考え方が行きすぎてしまったためにガダルカナル島やインパール作戦の悲劇を招いてしまったのです。敗戦という一大事件を経ても日本人は相変わらず精神力にしがみつき、そのあり方はスポコン漫画の高い人気、ジャンプの漫画に見られる「努力・友情・勝利の法則」といった形で現れていました。これら2つに共通するのは「勝負の為に努力し、不退転の決意をもって戦えば必ず栄光が待つ」という点です。ここに戦中の日本人たちが持つ思考回路との共通するところです。つまるところは日本人のメンタリティは戦後の高度経済成長などの様々な出来事を通しても精神力を重視するというあり方は全く変わっていないと言えるのではないでしょうか。
 こういった漫画を読む世代が大人になれば精神論を重視するようになるのは当たり前でしょう。新入社員研修まるで洗脳の如く社訓を声が枯れるまで叫ばされる様子は巨人の星の「大リーグボール養成ギプス」を思い起こさせます。

 みなさんの中には「こういうやり方のなにが問題なんだよ、ひねくれた引き篭もり風情が僻んでんじゃねーよ」と思う人もいるかもしれません。では精神論がもたらす悪弊が何なのというと、それは「現実を直視出来なくなる」という点です。
 例えば、インパール作戦では日本兵は戦場の現実を無視した作戦立案をし、その荒唐無稽さを棚に上げて現地部隊に対して作戦を強行させ結果大量の餓死者を出しました。作戦失敗を受け、作戦を統括する立場にあった牟田口廉也は次のように述べたと言います。


「諸君、佐藤烈兵団長は、軍命に背きコヒマ方面の戦線を放棄した。食う物がないから戦争は出来んと言って勝手に退りよった。これが皇軍か。皇軍は食う物がなくても戦いをしなければならないのだ。兵器がない、やれ弾丸がない、食う物がないなどは戦いを放棄する理由にならぬ。弾丸がなかったら銃剣があるじゃないか。銃剣がなくなれば、腕でいくんじゃ。腕もなくなったら足で蹴れ。足もやられたら口で噛みついて行け。日本男子には大和魂があるということを忘れちゃいかん。日本は神州である。神々が守って下さる…」


 極端な例ではありますが、このように計画の問題点を解決しようとせず放置して精神力で埋め合わせがつくと思い込んで、計画が失敗してしまった原因を「精神力の欠如」ということで片付けてしまえるという精神論の構造的欠陥が見て取れるのではないでしょうか。

 本題に戻ります。結果として企業は軍隊式の新人社員研修によって社員を打たれ強くすることはできるかも知れません。人間、苦労が必要とも言いますから。しかしそのような研修では決して真に役立つ社員は生まれてきません。自分たちの抱える問題点を冷静に分析し、解決するという大切な能力がこれで身につくでしょうか?この教育を受けた社員たちが将来リーダーとなった時に精神論を至上のものと考え続けて企画を実行すれば、破綻してしまうのは必至と言えます。企業はもう少し考えて欲しいものです。

 以上駄文垂れ流し失礼しました。

 

Posted on 2011/02/10 Thu. 21:40 [edit]

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